親をオクッて思うこと…

母をオクッて、母喜んでいると思う その中で

小池さん、一点後悔が残るのは、

いうに言えない気持ちわかってもらえちゃってるなぁー、

さすがです。

娘の私と居られて嬉しかったなら良かったのだけど、

私が母と要られた時なんて

母の人生から見たらほんの少しの時間だったけど、

でも、母の最期の5か月の合間合間に、

できるだけ、24時間病室に要られたのは、

今となっては自分の慰みとなります。

後悔はなぜ最期の四月にもっとそばにいてやれなかったのだろう

ということです。

もうそんなに母の死期が 遠くはないと思いながらも、

その時は泊まり込めなかった私。

母の最期に立ち会えなかった無念さは、どうしても残ります。

親の最後に側に居てあげたいという思いと、

決めてある仕事をキャンセルする事で、

人に迷惑をかけたくないという、両方叶えたい私のエゴは、

もう母のオシッコが出ないと耳にしたのに、

その瞬間に、決めてあった仕事をキャンセルしない事を選んでしまった私。

私が帰るまでは生きていて欲しいと祈りながら、 でも母は待てなかった。

帰りの電車は4時間泣き通しで、

そんなに死に目に会いたかったなら、

仕事キャンセルできたじゃんと腹をくくれてない 、

その往生際の悪いわたしに半ばさらに絶望しながら、

今もその自分の判断、どこまでも勝手な部分が許せないのです。

最期の最後に立ち会えなかった。

でも母はそんなわたしさえも、許してる。

もう十分やってくれたと思ってる。それもわかってる。

しかし、まだ消化しきれなくて、小池さんに聞いてもらいたい。

本当に情けないですが、気持ちがそこだけ晴れません、

晴れないまま生きてくしかないのだろうね。

なんとも嫌な気持ちです。

だけど、一方で 仕事をキャンセルしなくて良かったという気持ちも大きい。

参加者の皆さんに、母との学びを話せた、

忘れられない人生録の時期についての母との絆の結び直しを

話せた 講座にもなった。

人生には一つしか選択できない時がありますね。

なんとも、人生は暖かく時に辛辣ですね。

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こんなメールを頂きました。


読ませていただいて思った事は、同じだなぁと言うこと。

10年、喧嘩したり、泣いたり、笑ったりしながら看てきた母が、


今日明日に逝くことは、その瞳でわかっていた。

それでも、明後日からの仕事のために

私は、夜明けには飛行機に乗ることを決めていた。

すでに口を利くことのできなくなった母が、

寂しそうに、末娘の私をみつめた。

寂しがりやで、ワガママで、いつも誰かに守られて生きてきた母。

彼女の人生の最後に、娘であるという甘えから

沢山吐いてきた、老いた親に対する暴言。

彼女が旅立つと分かっていながら、

側に居てやることを選ばなかった自分。


「親はね、死んでからこそ思い出すものなんだ…」

そんな風に、偉そうに、知ったかぶりをして口にする自分。

そう、親を、大切な人をおくってからこそ、

もうやり直すことの出来ない後悔を数えて

淡々と生きるのが、人生のようだ。


自分がね、弱いから、醜いからこそ

きっと人を許せるようになるのだと思うよ。

私がもしかして立派な人だったとしたなら、

眼の前の人にも、立派さを求めてしまうと思うからさ。


娘としての自分が、失敗だったとしたなら、

失敗に感謝だね。

ずるくて、弱くて、自分勝手なアタシ。

そんな娘の弱さを、今はきっと笑ってみていると思う。

沢山、沢山、転んで学びなさいと。

人間は弱くて、強いからさ。

人間は強くて、弱いからさ。

それでいいんだと思う。


親を、立派にオクレたと思う私じゃなくって良かった。

無様な自分で良かった。




今頃、先に逝った人たちが笑ってる

みんなで、それでいいと言って、

きっと今夜も笑ってくれているよ。