介護を仕事にする事の、いったいどこがおもしろいのか?
先日の介護の勉強会で、参加くださった介護者家族の方がこういった。
「介護者家族にしてみれば、介護することがおもしろいだなんて、
とても言えない…介護(の仕事?)がおもしろいという真意がわからない」
確か、そんな意見だったように思う。
介護の仕事が、面白くて仕方がない。
あの日、そう言った、言いだしっぺは自分だったように思う。
この仕事がおもしろいと思う人は?という進行役の質問に、手を挙げたのは数人….
自分はいったい、この仕事のどこにそれほど惚れ込んだのだろうか?
考えてみた。
自分には、友達があまりいないと思っていた。
人と群れたり、人に合わせることが得意ではないからかなぁ?
それを、淋しいと思うことがあるのも事実だ。
この人に相談してみたい。
この人の意見を聞いてみたい。
この人だったら、どう考えるんだろう?
この人だったら、こんな時、どう生きてきたんだろう?
そう思い出せる人がほしいと、いつもいつも感じてきた。
人付き合いがあまり得意ではない自分は、そんな人との出会いに
(まだ)恵まれてこなかった。
何とか食いつなぎ、給料を払い続けるために、
しがみついた介護という仕事で、
気が付いたら、「そんな人」に出会っていた。
それも、一人や二人じゃない。
そんな人たちが、束になってやってきた!
それは、皺くちゃになって、おしっこを漏らしながら、悪たれもつき
さっきしゃべったことを忘れ、自己嫌悪するさみしがり屋たちだった。
自分の想像もつかないような年月を、踏ん張って踏ん張って生き抜いてきた人たちだった。
あと、何年、何日、この世に存在するのか予測もつかない人たちだった。
そんな人たちの中に宝を見つけた。
その人たちの声に耳を澄ませ、同じ空を見上げた時、
自分の心が満ちてゆくのを感じた。
立派な事を言ってくれるわけでもなく、
正解を語ってくれるわけでもない。
それでも、こうやって、淡々と生き抜いてみればいいんだと
気づかせてくれる人たち。
どんな事が起きても、恐れることはないんだと
感じさせてくれる存在。
弱くて、強くて、醜くて、美しい人たち。
親友だと、感じる。
片思いの、親友。
そんな人たちが黙ってあちらからやってくるこの仕事に
惚れない人のほうが、不思議。
それが、私の理由。
この仕事が「面白い!」という私の理由。