受けとめ手としての家族

「うちの子は、仕事に行っていますでしょうか?」出先で受けた携帯電話の向こうから若くはない母親からの、申し訳無さそうな声。

「あ、私は今日は職場へ出ていないので、今、確認してみますね。心配ですよね。今朝は普通に出勤しましたか?」「はい、いつも道理に…」

電話を切って、すぐに職場の管理者へ電話を入れてみる。「来てるよ、元気そうにいつもと変わらない様子で働いているよ!」折り返し伝えた電話の向こうのお母さんの、ホッと肩をなでおろす様子が目に見えるようだった。

久しぶりに、彼は仕事を二日間休んだ。朝、今日は体調がわるいので、お休みさせてくださいとルールをきちんと守って。
わずか二回ばかりの休みであったにもかかわらず、私は管理者から、「ちょっと心配なんだ、何もなければいいのだけれど」と、彼の急な休みを耳にした日の夕方、彼のお母さんにしばらくぶりに会いたくなって、彼の家を訪ねた。

「ごめんください!ごめんください!」縁側からそう声を掛けると、彼の両親が、飛び上がらんばかりに、目をまるくた。

「行っていませんか?仕事?」

「はい!でも、大丈夫ですよ〜、お母さんに会いたくなって、私は来てみました。来るほどの事でも無いのですが、お母さんに会う良い機会だと思いまして〜」

心配しないでという笑顔でそう言って、道すがらの産直所で買った、新聞紙に包まれたバラの花束を差し出した。

いつも道理に家を出た息子が、仕事に行っていない事を知り、肩を落としていても立っても居られないほど動揺する父親。

「息子は最近ズルをする事を覚えて、嘘をつくようになったんです」と言うお母さん。

「誰だって、仕事に行きたくない時は、言い訳をつけて休むじゃないですか。いいではないですか、タケシ君が嘘をつけるようになったのなら、立派ですよ、それも生きてゆく術です。」

「そうですか?そうでしょうか?」

「そうですよ、お母さんとお父さんは、先に死んでゆく人達ですよ。その後、一人残っても、こうやってひょうひょうと生きて行けようにしておくのが、親にしてやれる事じゃないですか?」

そんな女二人の会話のそばで、携帯電話を握りしめて、今から息子に電話をするのだと言う父親。

「お父さん、やめてください。彼は帰ってきますよ、いつもの時間に。

また、息子が居なくなってしまうのではないか?また、あの苦しみの日々が始まるのではないか?そう思いますよね親なら。でも、もう、タケシ君は、少し前の彼とは違うんです。

休んで、家出して、彼にその必要があるなら、それもいいじゃいですか?」

「わかりました。待ちます、待ってみます。彼がいつもの定時に帰ってくるのを。」
いくつになっても、親はこれほどまでに我が子の事を心配するものなのだと、見せてもらった。

いのちの存続を支え、保証する直接の担い手をいのちの「受けとめ手」と呼ぼう。いのちは受けとめ手とともにあるとき存続でき、存続することによっていのちは家族にとってのいのち、すなわち子どもというという存在となる。

(家族という意思・芹沢俊介著より)

彼は子供時代、家族の中に‘受けとめ手’が居なかったのでは無いかと、想像する。今と同じ家族という形態の存在はあったとしても、そこに‘受けとめ手’になりうる人の存在が。

それでも、もうとっくに子供と呼ばれる年齢は過ぎていても、彼がなんども何度も繰り返してきた、家を出て、自分の存在を隠すまたは、完全に消し去ろうとする行為の中から、親は‘受けとめ手’としての自分たちを確立して行ったのではないかと。

「もう、四十に近い息子を、心配して親が職場に電話をして来た。そう言って笑ってください。笑われるような、おかしなことを私はしているのだと、判っています。でも、どうしてもお礼が言いたかったのてす。
タケシがろくじろうの面接から帰ってきた時、あなたの名刺を私に見せてこう言ったのです。お母さん、初めてだよ、僕の話をあんなに真剣に聞いてくれた人は。この人は、僕を見るなりこう言ったんだ。あんた、いじめられてきたでしょうって。ハイって答えると、今から幸せになって、あんたをいじめてきた人達を見返してやりなよって。」
そんな電話をタケシの母から受けた三年前。
「親が死んでから、親が言っていた言葉を思い出すものなんだって、私も親を送ってから知りました。だからね、わたし、この前、タケシにこう言ったんです。
あんたね、私達が死んでしまったあと、もしも、お金にどうしても困ることがあったなら、ろくじろうで借りなさい。必ず働いて返しますからって。
他で借りたら駄目なんだよ。わかった?他でかりたら、返せないからね。働いて返せるから、本当に困ったら、ろくじろうを頼るんだよ…」

こんな話を聞かされた三年後。
育てられてるなぁ、ろくじろうも。

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