自分の死を、知らない人は居ない①和さんの物語

 数年前の春に看取った、和さんの話

和さんは70代半ばの男性、始まりは隣町のホスピスのケアマネさんからの相談でした。一人暮らしの男性で、癌の末期。医療不信で医療拒否。

「主治医の診断ではもう一ヶ月も持たないという事です。ろくじろうで看てもらえませんか?そちらに泊まったりは出来ない人だと思うんですが、訪問で見守りをして頂けたら。」

紹介くださったケアマネさんと、ろくじろうのケアマネとで自宅に会いに行ってみたのが12月28日、自宅は空っぽ。二人で郵便局も、コンビニも、駅もどこを探しても見当たりません。

ちょうどそこへ市の職員から電話が入り、市はそれから警察に電話をしたり、大騒ぎで探しまわり、発見されましたという電話が入ったのが夜の九時でした。

翌日、ケアマネは一人で和さんに会いに行きました。家に居た和さんに、車でろくじろうを見に行ってみようよと誘うと、ついてきました。

その後、「じゃあ、また明日の朝、迎えに来るからね」そう言って自宅まで送り届けたのに、翌朝、彼はとなり町から一人でバスに乗ってろくじろうまでやって来てしまいました。

そして次の日の元旦に、もう何も食べることが出来ないと言っていたのに、おせちを少しずつお皿に盛り付けると、それをぺろりと食べてしまいました。

そして、そこから和さんは「オレ、ここに居るわ」とたった一日でろくじろうを自分の終の棲家に決めてしまったようです。

生活保護の手続きに来た市の職員にも、オレはここに全てを任せるからと何度も言ってくれました。市の人は言いました。

「介護保険料は出ますが、宿泊費やそちらでかかる自費分は生保では十分に払えないと思うんですが…。」

そんな話でした。

最後に死に場所に選ばれた理由

ネェ、なんでさ、人を信じない彼が、たった一日でここに居ようと決めたのかなぁ?」

後でケアマネに聞いてみました。

ここは自由だからじゃないかな。帰ってもいいし、居ても良い。食べてもいいし、食べなくても良い。

風呂に入っても入らなくても、どっちでも良い。皆で笑って喧嘩して、自由だからじゃないかなぁ

 

もう一ヶ月も持たないだろうと言われていた和さんが、テレビの前のソファーを陣取り、他のお年寄りとテレビのチャンネル争いをし、うるさいと喧嘩をし、大きな声で懐メロを口ずさみ、

淋しいからと部屋へは行かずに、ずっとみんなの居るディルームで寝泊まりをすることを望みました。

そのころ、大きな施設から移ってきた新しいスタッフがこう言いました。

「始めてろくじろうに出勤してきたら、ディルームの床にうつ伏せで寝ている人が居て、びっくりしました。

利用者もスタッフも、普通にその人をはさんで話してるし、テレビも見てる。

ワタシ中の違和感。この人は何だ?って思っても聞くことが出来なかった。

癌末期ですって、今日死んでもおかしくない人だからって。

みんなの側に居たいっていう本人の淋しさはわかるけど、

その気持ちをくんでいるろくじろうはすごいし、それを当たり前に受け入れてる利用者もすごいけど…

ただただ、びっくりしました。

こんな事が許されるのなら、自分が今まで見てきたお年寄りたちに、

どれだけ我慢と寂しい思いをさせてきたのかって、胸が詰まります。」

病院から移ってきた看護師スタッフが聞きました。

「最期、どうするんですか?痛みも出てくると思いますよ、みんなの観ているあの場所にいくら本人の希望とはいえ、置いておくんですか?」

「う~ん、そうだねぇ、どうなんるのかねぇ?」そう答えるしか無かった。なるようになると。

そしてみんなの前で死ねるなら、和さんにとって本望じゃないかと。

死に逝く人から学ぶ、スタッフミーティング

こんな事もありました。いつもディルームに寝ている和さん。

その日は毎月ディルームで行われるスタッフミーティングの日でした。

TVを見たり、なかなか眠れないとディルームでゴロゴロしている和さんにこう話しました。

「これから和さんの事話すから、和さんも参加して自分の意見述べてくれないかなぁ?

和さんの本当の気持をみんなで勉強させてもらいたいと思っているんだ。」

嫌なことは嫌と言う和さんが、一つ返事でこう言いました。

「うん、いいよ!」

そして、その場で行われたスタッフミーティングに、自然と和さんも参加するカタチになりました。

「せっかくだから、和さんの事を話したいんだ。自分たちには今の和さんにやってあげられることがない。もっと何か出来ること、してほしいことが有るんじゃないかていつも思うんだ。

和さんは一人で痛みや辛さをこらえているでしょう?人は一人では死ねないよ、最後の最後、必要になったら、その時は、和さんは自分たちを頼ってくれるの?」

和さんは正座し直して、こう意見を述べました。

「最後の最後は世話になるから、それまでは黙って見守ってくれ」

「本当に最期は頼ってくれるの?」

「ああ、その時はお願いします。」

今になって思えば、旅立ちの四十九日前、死に逝く人から学ぶスタッフミーテイングでした。

和さんが逝った

「和さんが今逝ったよ。」そう連絡を受けて、私は自宅から駆けつけました。

日勤者が帰ったあとのろくじろう。他のお年寄りの世話をする一人の夜勤スタッフと、呼吸がおかしいと呼ばれた管理者、息を引き取ったばかりの和さんの側には、二人のパジャマ姿のおばあさん。

チャンネル争いをした糸さんと恵子さん。涙をふきふき、和さんを見守ってくれています。

私は、その姿が嬉しかった。

ああ、一人じゃなかった、和さん、来てくれる家族はだれもいないけれど、みんなが見ていてくれたんだね。

それが何よりも嬉しかったなぁ。

私たちは普段、この方が死んだ時に何着せますかって家族に問いかけて、死ぬ前からとびきりのその人らしい服を用意をしておいいてもらいます。

でもね、和さんには、そんな服を用意しておいてくれる人はいません。

「和さん、和さん、和さんの家行って、スーツとってきておこうか?」

亡くなる数日前に、そう囁くと、和さんはこっくりと頷きました。

夕暮れ時でしたが、もし今夜逝っちゃったら間に合わないと、家主のいない和さんの家に足を踏み入れました。

足の踏み場もない様な寝床の枕元に、ヤクザのような粋なスーツが掛けてありました。

良し、これだ!とそのスーツを握りしめ、なんとか一枚、襟元の白いワイシャツを探し出し、仏壇に手を合わせて、これが男やもめの現実と、慌てて家を飛び出しました。

和さんらしい細身のスーツを、帰ってスタッフに見せると、みんながニンマリしました。

でも、このスーツに似合う粋なネクタイがありません。

チンピラの風情を漂わせる父を持つスタッフに言いました。

「ねぇ、あんたのとうさんの若いころのネクタイ、一本もらえないかなぁ?」

翌日、スタッフのみぃは小粋な真っ赤なネクタイを父のタンスから抜いてきました。

それから、家族は迎えにこないであろう和さんの為に、ろくじろうでの小さなお通夜が始まりました。

もちろん、起きている二人のお年寄りと、夜勤スタッフと、管理者と、私と、駆けつけてくれたスタッフと、キリリとネクタイを締めた和さんの布団を取り囲み、思い出話しに花が咲き、和さんをなでさすりながら、泣き、笑い、唄い…

「お世話になりました」そう言ってくれた市の職員

ろくじろうは、お年寄りのお世話をさせていただきます。行き場所のない方の居場所にもなります。

「なんとかこの方の最後の居場所を…」そう言って親身になって一緒にいろんな事を悩んでくださった市の職員。

「お亡くなりになった後はこちらで全て行いますので大丈夫ですから、看取りまでははろくじろうさんで。」

そんな約束を交わしてきたのですが、夜に亡くなったり、連休の最中に亡くなった場合、市の方々がなかなか迅速に動けないであろう想像は出来ます。

それでも、そこからは私は譲りません。

なんとか理由を付けて、もう職員は帰ってしまったので、明日までそのまま置いてほしいというような言葉や、担当者と連絡が取れませんという返答ばかりで、なかなか和さんの行き場所が決まりません。

「うちは小さな施設です。霊安室もありません。夜勤者も一人。ご家族か市の職員の方がついてくださるなら別ですが、亡くなった方を一晩このままうちでお預かりするわけには行きません。」

電話の向こうの、まだ若い市の職員がどれほど困ったのか、想像は十分につきます。

でも、そこは一歩も譲りませんでした。

それから長い時間がかかりました。

その間、和さんをひとりぼっちにするわけにはいきません。

和さんの持ってきた小さな荷物を整え、別れを惜しみ迎えを待ちました。

そんな中、市の若い職員が二人で息切らしながら、やっと駆けつけてくれました。

「よかったね、和さん。お迎えが来たよ。良かったね….」

待ちわびた私達と和さんの姿を見ると、二人の職員がこう言って頭を下げてくれました。

「お世話になりました…」

嬉しかったなぁ。よかったね、和さん。

迎えに来られる家族は居なかったけれど、あなたが産まれて死んだあなたの町は、あなたの家族だと言って、あなたのために頭を下げてくれたよ。

嬉しかったなぁ。和さん、家族だよ、あなたの家族が迎えに来てくれたよ…。

彼らが仕事を終えて帰った自宅では、きっと子供たちの世話もあっただろう。

老いた親の面倒を見る役割もあっただろう。

彼らの姿を見れば、そんな事は容易に想像がつく。

それでも本当の家族を後回しにして、なんとか算段をつけてこの場へ駆けつけてくれたのだ。

和さん、良かったね。和さん、ありがとう。

後に続く自分たちは、和さんに育ててもらったよ。

ありがとね、和さん…

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