男前

片桐夫妻がグループを越えて、館山の仲間たちのやる気スイッチを入れに来てくれた。

彼は透析患者でありながら、人生を楽しむこと、生かされているお役目を全うする事を諦めない。
どうせ片桐カンジが館山に来るなら、そこをもっと掘り下げようじゃないか。
透析患者、バツイチ、子持ちの男と所帯を持つ覚悟を決めた奥様のあけちゃんからも、何かヒントをもらいたい。そう思った。
一体、自分たちは何のヒントをもらう事になるのだろうか?

私のチームには、病と共に生きる仲間達が少なくは無い。病を持って生きながら、暮らしをたてる収入を得て、経済不安を手放すヒントをもらいたい。そんな欲があった。(写真は双極性障害とパーキンソン病と共に生きる私の仲間たち)
「房州人はアバラが三本足りない」と言うのは、地元では有名なことわざ。雪も降らない、温暖なこの地で生まれ暮らす房州の人間は、ごゆっくりだという事なのだろう…
今回も、病と共に生きながら、人生に成功している夫妻がわざわざやってきてくれると言うのに、その意味に、その凄さに事前に気づける人の方が少かったのは、さすが房州人!それなのに、この凄さにピンと来て、何かを掴みたいと遠望から足を運んでくれた人もチラホラ。

そして、これほどの大きな病を夫婦で経験しながら、彼らが自分たちの夢を叶え、もっと上を目指す本当の根源に気づけるのは、主催者だけで行った飲みの場でだった。

女性DJとして、有名な人達とも仕事を共にする中で発症した自らの癌と、絶対に自分が子宮を失ってしまうのはおかしいと、主治医の言いなりにならずに、自ら探し出した特殊な治療法。
あの病が傲慢だった自分に喝を入れてくれたから、今の自分があるのだと言うあけちゃん。
そんな辛い治療の直後に出会ったその頃のカンジさんは、複数の悲しみが重なり、どうやったら楽に死ねるのかをネットで検索する日々だったと言う。

「だってさ、可愛そうじゃない。カンジさん一人ぼっちで、さみしいじゃない…」
きっと、それが彼と人生を共に生きる決意をさせた彼女の心。目の前の人の淋しさに気づける女性に、あけちゃんの魂は成長していたんだ、病からの学びによって。
「私ね、思うんです。華やかな世界で働いていたでしょう。そこで、この仕事が続けられたらそれだけで十分ですなんて言う人たちが沢山いるのね。私ずっとこう思っていたんです。ふざけるなよって。そんなの自己満足のマスターベーションと同じじゃないかって。


何屋だって、どんな仕事していたって、男なら家族を食わせて幸せにするのが当たり前だろう?お金を稼いで来ることも出来なくって、好きな仕事もへったくれも無いんだよ!変かもしれないけど、私の根底にはそんな気持ちがあるんです…」


わかった!片桐家のパワーは、あけちゃんの男前だった。


男は優しく弱いもの。女は強くて図太いもの。そんな私の持論に共通する覚悟と度胸。


決めるのか、決めないのか、ただそれだけの事。

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